国光吟(あきら。)さんですが、小林麻耶さんとの結婚後は何かと世間を騒がしています。国光吟さんの家族構成と生い立ちをまとめています。
小林麻央さんとは交際0日で結婚している運命とも言える結婚をしていますが、その後、小林麻央さんには良いニュースがなかなか流れません…。
洗脳の状態ではないかと心配する声も多いですが、そもそも国光あきらさんの生い立ちや家族構成、考え方が小林麻耶さんを洗脳するような性格に育ててしまったのでしょうか?
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国光あきらの生い立ち
現在は小林麻耶の夫としてかなり認知が高まった国光吟さんのプロフィールはこちらです。
- 名前:國光吟(くにみつ・あきら)
- 芸名:あきら。
- 生年月日:1983年〈昭和58年〉7月19日
- 身長:164cm
- 出身地:神奈川県藤沢市
国光吟さんは1983年4月19日のとても暑い季節に神奈川県藤沢市で生まれました。
生まれた直後は、NICU(エヌアイシーユー)に入っていたと言うことです。NICUと言うのは新生児が、生まれた直後、必要な医療行為を受けるため、保育器の中で治療を受けます。
一般的には、障害があったり低体重で生まれた赤ちゃんが入ると言う認識が高いようです。
そんな中、すくすくと育った国光吟さんは4人兄弟と言うことです。
姉妹の話については以下の項目で詳しく書いています。
幼稚園時代の、国光吟さんまだまだ病弱だったようで、ほとんど幼稚園にも通っていない状態だったそうです。
小学校時代は臆病でも成績優秀!いじめの経験も
小学3年生の頃までは、体力も低く、臆病性格だったために、いじめに会うこともあったようです。
同時に、まだまだ病弱だったために小学校低学年までは、自分に学校に通えていなかったとも話しています。
しかしその後サッカーを始め、体力がつき臆病だった性格や体力のなさを克服できると自信につながったのでしょう。
結果的に努力も報われ、私のサッカーの選抜チームに入ると言うこともできたようです!
見事な復活劇ですね!!
その後中学校に上がり、サッカーはそのまま続けていたとのこと。
国光あきらの高校時代は登校拒否とタレント活動・ブレイクダンスにハマる
中学校は無事卒業し次に高校生になります。高校生になった、国光あきらさんは高校2年生で学校に行くのをやめてしまいます。
高校1年生の時はとても楽しく過ごしていたそうです。
文化祭では人前に立って歌ったりしていたと言うことで、かなりアクティブな生徒でした。
しかし、高校2年生になると国光吟さんの考えに変化がありました。
『学校に行っている意味があるのかとこの時間を、目標のために使いたいと思うようになり、自分の中で学校がつまらなくなってしまいました』
国光吟さんはそう語っています。
以上のように、国光吟さんが考えだしたきっかけは両親にあるのではないかと考えます。これは、以下の家族構成の項目で詳しく書いています。
ここから、通学をする事はなくなり登校拒否になり、約1カ月間学校休むことになっていました。
そこからの学校生活は、授業の間の休み時間なども1人で過ごしふさぎ込んでしまったようです。
国光吟さんの気持ちは一時的に落ち込んでしまいましたが、転機が訪れます。それはブレイクダンスとの出会いでした。
ダンスを始めたことにより、明るく考えることができ始めたようで高校3年生のときには体育祭で応援団に参加し、振り付けをしたり友達や先輩にダンスを教えていたそうです。
国光吟さんは、高校時代に、タレントしての活動も1部していたようです。
国光吟さんは高校時代に、フジテレビの番組で藤井フミヤさんの高校生時代が中学生時代を演じてテレビに出たことがあると言うことです。
その時の映像は気になりますね!探しましたが発見することができませんでした。
国光吟さんによると、所ジョージさんのミュージックハンターと言う番組だったと言う記憶があるそうです。
国光吟の家族構成は複雑で『お金貸して』と言われる日々
国光吟さんは4人兄弟の2番目だそう。
兄がいて、自分の下には弟と妹がいるようです。
国光吟さんは自分の兄のことを、父親が違うと話しています。そして、自分のことを実質長男であると言うふうにも話しています。
国光吟さんのお兄さんは、週刊文春でインタビューにも答えています。
国光吟の父親と母親
国光吟さんの父親と母親はお金に執着があったのかもしれません。
国光吟さんによると
- 高校生の時にバイトを始めるとお金貸してと何度も言われた
- 何かと理由をつけてお年玉をもらえなかった
- お金がないことを国光吟さんせいだと言い続けられた
このようなエピソードがあり、国光吟さんは幼少期はお金と病弱な自分の体にかなり悩まされたようです。
高校時代に、学校に行っても意味がないと言うふうに考えだしたのは、学校に行くよりバイトなどをしてお金を稼ぐ方が良いのではないかと考えるようになったと言うことです。
父親とは、しばらく距離を置いていたようですが、小林麻耶さんと出会って家を借りるときに久々に連絡をしたようです。
家を借りる保証人をお願いするためにしぶしぶ連絡を取ったとブログに投稿されていました。
国光あきらの兄は文春に売ったのか?
国光吟さんは自身のブログで、兄のことを『週刊文春に売られた』としています。
確かに、国光吟さんの兄は週刊文春のインタビューに答えています。
- 国光吟に、霊感や特別なパワーがあるとは考えたことがない
これには、国光吟さん自身のブログでかなり反論しています。
国光吟さんは兄のことをブログでこのように語っていました。
- 兄に対してスピリチュアルなことを1度もした事は無い
- 兄とはほとんど連絡を取ることもなく全く会っていない
- 国光吟さんは、兄と絶縁した関係だと話している
- 戸籍上も、国光吟さんが長男だとしている
- 幼い頃は虐待をされていた
- 兄は反社みたいな人
- 父親が違う
- 兄夫婦からはゆすりを受けている
国光吟さんは兄のことを父親が違うとも話しています。
確かに、小林麻耶さんと結婚したときに、弟と妹と小林麻耶さんで焼肉を食べに行ったそうです。
その時に兄は一緒に行っていたと言う風には書かれていませんでした。この時は既に付き合いがなかったようです。
国光吟さんは自身の兄と、縁を切ったとしていますから、小林麻耶さんと結婚したときに
『本当に海老蔵さんがお兄ちゃんになった』
と喜びを感じたそうです。
しかし、Twitterでは國光吟さんの『兄』 と言う人が反論しています。
国光吟さんのお兄さんは優しそうな文章ですね。一般人の感覚を持っているように感じますが…。
國光吟さんからの視点だと家族が悪い!というように受けますが、家族は家族なりに心配していることは間違いなさそうです。